洗濯の扉ブログ記事

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女の中に男が一人
 本日はたった今スキーから帰って来ました京都のyossanがお送りします

受験勉強と言うお題でブログリレーが回っておりますが

私、実は高校から公立高校の美術コースへ通っておりまして
もう30数年前の古〜い話ですが(^_^;)

その頃、京都ではまだ”市電”(路面電車)が走っておりました
中学時代の私の学力では私立高校普通科へ、なんとか受かるレベルで
志望校もほぼ決まっていました

別にやりたいことも無く、まぁいいか普通科でとほぼ決めてたのですが・・・

うちに仕事の手伝いに来ていた従姉妹がその美術高校の卒業生で
何かと言うと耳元でささやくわけですよ”面白い学校やで〜”と
そのうち”俺、このままでええのかな?”という気持ちが
むくむくと湧いてきて・・・

何を血迷ったか、願書の締め切り1週間前に
担任に"先生、僕○○高校の美術コース受験します!”と宣言したわけです


担任は鳩が豆鉄砲食らったみたいに驚き、慌て
”あなたの学力じゃ公立高校なんて無理!考え直しなさい!”と
で、美術コースですから、当然美術の先生にも相談したら
”何を考えとるんだ君は!!今からやっても間に合う分けないじゃないか!”と

でも、私の中では完全にその美術学校へ頭はシフトしている訳で(笑)

そこで亡き母が言ったことは
”あんたの人生なんやから、落ちても自分がしんどいだけ、
 それが自分で受け入れられるんやったら、私は何も言わへん、
  しっかりがんばって受かり”と言ってくれ
その後、猛反対する担任も説得してくれました


受験に失敗したら、高校浪人になるかも知れないと言う不安よりも
その美術コースに行きたい気持ちが勝っていたのでしょうね

そして、試験までの間にデッサンや構成、普通科の勉強も
それは必死でやりました

合格発表の日、自分の番号と名前を見つけた時のうれしさは踊り出しそうでした
10円玉で掛けるダイアル式の公衆電話も、うれしさのあまり家の番号を間違い
何度も掛け直したのを今でも覚えています

そして入学説明会の日
私が受験したのは実は”服飾科”それまで何とも思わなかったのですが
案内されて入った教室には女性、女性、女性・・・・3人の先生も女性
そう、男性は私一人。改めて焦りました(^_^;)


そこから高校3年間在学中は服飾科に男性は一人も入って来ませんでした
その後、デザイナーになると決めて東京へ行ったものの
結局は実家のクリーニング店を継ぐことに・・・

でもね、今はデザイナーになれなかった事を
少しも後悔していません
あの激動の80年代に、東京という刺激的な街で
一人で思うように生活し、かけがえのない体験が出来ただけで
その後の人生に凄く影響しているからです

そして、自分が洋服を作る側よりも
出来たすばらしい洋服の
汚れやシミを落とし、又元通りにする
そんな仕事が楽しいからです

僕の無茶な希望をすんなり見守ってくれた母親にも
クリーニング店をやっていてくれた親父にも
今は本当に感謝しています

だってファッションの勉強とクリーニングって
凄く密接に繋がっているんですよ

そういう視点から洋服のメンテナンスに携わっている事
あの時の無茶も、東京での生活も、結果的には活きているんだなぁと
今はしみじみ思っています

オチのない話しでしたが
僕の受験・試験の思い出をお話ししました


とここまで書い、TES(繊維製品品質管理士)の受験の話しもあったなと
思い出した京都のyossanがおおくりしました〜(^_^)

ギリギリセーフ・・・

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